映画『神々の山嶺』に、アニメの頂きを見た

夢枕獏原作、谷口ジローの漫画を元に、パトリック・インバート監督が、フランスの制作陣と7年かけて制作した、アニメ映画『神々の山嶺』(いただき)を見て、その表現力に圧倒されました。




オタクというほど、アニメに精通しているわけでも、クライマーでもありませんが、リアルを超えたリアル、と感じざるを得ない、説得力のある映像に、叫びたくなるような興奮を覚えました。

厳しくも美しい山岳、それと対照的な日本の都会の風景、そしてリアルな、単独無酸素によるエベレストへのアタック。

その中に、

なぜ、山に登るか。

なぜその男は、その生き方を選ぶのか。

人間は、何のために生きているのか。

単純で実は哲学的なテーマを、セリフではなく、描写で答えてくれます。

ラストシーン。「彼」はなぜ、そこにいるのか。


少ない登場人物と、多くが山岳描写や登山のシーンですが、ままならない自然のアクシデントも、次々あり、飽きることはありません。

とにかく、映像表現が凄い。

高い山からは、豆つぶのようにしか主人公が見えないにも関わらず、はっきりと、歩き進む様子が分かる俯瞰の描写。

低温時に髭につく雪が、簡単に解けずに、凍り付くさま。

自分は、-30度までの経験はあるので、空気感や、低温時の雪の感じだけは、体感的に分かります。

雪面にあたる、朝夕の美しい光。

荷物や重さを感じながら、堅い雪を踏み進む様。

そして、滑落場面での、体重を感じさせるザイルのしなりや体の動き。

宙づりになった足の間から見える、谷底の恐怖。

ハーフミラーのゴーグルの中に、かすかに見える目の表情。


技術的に解説する力はありませんが、山岳風景は、写真は実写動画からの取り込みをアニメ化、人物の動きはモーション・キャプチャーで、モデルの動きを取り込んでいるのでは、ないでしょうか。

エンドロールが速くて追えなかったですが、「モーション」班がいたようなw

登山のシーンも、アニメである事を忘れるような、極めて自然な動きです。

実写そのものではないので、省略や単純化もあるのですが、それすらも脳内が気持ちよく補完してくれます。


ひとついいたいのは、原作や谷口さんのマンガとの異同云々は、どうでもいいという事です。
それぞれ、単独で自己完結しているアートです。

また、映画の宣伝では、(おそらくやむなく)謎解きがテーマのように言っていますが、それは副次的なもので、挑戦せずにはいられない、男の生き様を、過酷な自然と、登山描写だけで、はっきりと誰でもわかるように見せてくれます。


谷口さん自身が、生前に制作にかかわっていたという事もあってか、フランスのスタッフが、7年かけて、日本人から見た日本人、日本人の生活を、そのまま表現してくれています。

一般的な、目が大きいキャラクター、子供や若者が主人公、胸の大きい女の子、ファンタジーや魔物退治、超劇的なストーリー展開といった、昨今のヒットするアニメの要素は、ありません。

登場する人物も、昭和なリアル日本人で、狐目。

スーパーなクライマーの話のようで、実は、日々生きてる市井の人に問いかける作品です。


現在、宮城県では、仙台駅東口のチネ・ラヴィータの1館のみの上映です。残念ながら、「安心して楽しめるよく知ってるアニメ」風でないだけに、興行的には、厳しいかもしれません。

しかし、アートとして、ヒーリング効果がある作品です。

こころがつぶれ、背中が煤けてきた方には、まさに一服の清涼剤、お勧めの傑作です

アニメファン、山岳ファンはもとより、映像制作に興味がある方、映画ファンであれば、見ておくべき傑作かと思います。

(追記)上記エントリーを書いたあと、パトリック・インバート監督のインタビュー記事を見つけました。
やはり、フランスの制作システムが、なせるわざという面もあるようですね。
マーケティングに基づく商業的なアニメも業界的には必要ですが、アートに寄せた作品も、発表できる環境が日本にもできますように。

▶️谷口ジロー『神々の山嶺』の長編アニメ化に挑んだ仏監督が語る。影響源や日仏の自然観の違い CINRA